<三井本館竣工80周年記念演奏会 プログラムノート>
列柱が立ち並ぶギリシア神殿風の壮麗な内部空間での演奏会。建築の歴史を規定しているギリシア・ローマの流れをくむ新古典主義の建造物には、ルネサンスで復活した古典主義にならい、ルネサンスからバロックにかけての古楽曲をプログラムした。
かつての貴族たちは、主に音楽ホールではなく宮殿で音楽を楽しんだので、宮殿に招かれたゲストが80周年を迎えた三井本館を堪能できるよう、竣工以来銀行と信託銀行に緩やかに分割されている巨大なひとまとまりの営業場の分節をそのまま活用し、人の動線を配慮して全体のプログラムを構成した。
中央通り側をゲストのエントランスとし、そちら側を占める「中央三井信託銀行営業場」をゲストがお越しになってから、着席するまでの前室として設定。人々が気兼ねなく歓談できるよう優雅に古典主義建築と同時代性のあるルネサンス曲を演奏した。いよいよ演奏会場へのゲストの入場とセレモニーの開始までも、ときれなくルネサンスの旋律が鳴り響き、人々の歩行そのものも美しく優雅に演出。
演奏会の前半は、チェンバロとヴァイオリンによるヘンデルのヴァイオリンソナタで軽やかにスタート。三井本館のクラシカルな空間性と音楽の協働による総合的な芸術を前に、非日常感の共有がなされた頃、関東大震災からの復興の象徴として計画された「三井本館」の歴史をまとめた映像を、役者による迫力ある語りとバッハのチェロの旋律で「視聴」。三井本館が通ってきた幾多の歴史を象徴するように、世界的なチェンバロ奏者である中野振一郎氏を迎え「あたたかさ」「きびしさ」などの詰まったヴィヴァルディの「四季」と三井本館の歴史との共振を演出。「前室」では最後のゲストがお帰りになるまで、ルネサンスの旋律でお見送りをおこなった。
オフィスビルとしては初めて重要文化財となった「三井本本館」の竣工80周年を記念する「建築物そのものを祝う」という場面で、現役の銀行としての用途からの大転換をおこない、一夜限りの非日常的な空間を音楽を中心として演出するというひとつの試みだった。
都市楽師プロジェクト 総合ディレクター 鷲野 宏